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追従しない

「トーホグは、ツヨイんです」。「上々颱風」というバンドのメインボーカルをつとめてきた白崎映美の言葉である。私は30年ほど前から彼女の猛烈なファンだった。いまもときどき、CDを深夜に聴く。

30数年後の彼女である。先週、朝日新聞の夕刊で、彼女のその後を連載していた。美貌はそのままだが、「まずろわぬ人」、つまり、ある小説から「東北人はなにかに追従しない人」という言葉に目覚めたという。東北人は、もともと縄文人であり、蝦夷シと呼ばれ、日本の中央とはつねに反体制側にあり、差別されてきた。

白崎映美は東日本大震災で、もう一度、自分の立ち位置に目覚めたのだという。山形県酒田市出身の東北人としての自身に。「トーホグは、ツヨイんです」。子宮でものを考えるというよりも、毛深き恥骨でものを考える美しい女性だ。青森県弘前市に4年間暮らしたことのある私も、彼女の気持ちはなんとなくわかるし、激しく共鳴する。

いままた、「上々颱風」の『愛があるから大丈夫』を聴きながら、そんなことをおもった。

完治

きょう、頭の手術を受けた横浜の病院に再々検査にいった。CTスキャンを撮り、そのモニター画像を見ながら、私の頭にドリルで穴をあけた30代後半とおもわれる執刀医はいった。「もう薬の服用も、検査の必要もありません。完治しました」

たしかにモニター画像には、頭蓋骨と脳のあいだにあった血液の影はいっさいなく、きれいなものだった。まるで宇宙にうかぶ土星のように、頭蓋骨の内側に脳がたゆたっていた。

私は悪運がつよいのであろう。今回も、まわりの人々に心配をかけ、世話になり、助けてもらった。生かされて、すみませんという気持ちである。

でも、この度はさすがに私も反省した。そして、実感した。生きるということは、かくじつに死に向かって歩をすすめることだと。咲いたものは散ってゆく。それは、この世でもっとも公平な摂理であると。

日本人がことさらに桜を愛でるのも、そんな死生観が根底にあるのではないでしょうか。


道を説く

「やは肌の あつき血汐にふれも見で さびしからずや 道を説く君 」

与謝野晶子のこの詩を私はことあるごとにおもいだす。新聞を読んでいて、テレビを見ていて、道を歩いていて、いままで何千回おもいだしたことであろうか。とくに、後半の「さびしからずや 道を説く君 」のくだりを。先ほども、下町に住む友人Sと電話で話していておもいだした。

Sがいうには、倉本聰の鳴り物入りのテレビドラマがはじまったので女房と見たのだが、ほんとうにくだらないんだよね。そう思うこっちが、まちがっているんだろうか。

私は答えた。そりゃあそうだよ。倉本聰はどこかでかん違いした人間だよ。人生とは何か。人の生き方とは何か。地球の環境問題とは何か。そういうことをマジで話したり、書いたりする人間だよ。まともな人間なら、恥かしくてできないでしょう。でも、そういう人間だから、「北の国から」みたいな人間「臭い」ドラマを書けたのでしょう。

もう20数年ほど前であろうか。私は北海道に仕事で行ったおり、後輩のYが倉本聰の「富良野塾」に入っていたので、3人ほどで一升瓶を2本ほどもって訪ねた。富良野郊外の山深い森にその塾はあった。そこの集会場でYと我われは酒杯を重ねたのだが、そこで目にした光景はすこし変わったものだった。純粋な、透きとおった眼をした青年たちが行きかっているのだが、私には彼らが自分の意志以上のものに自分自身をゆだねているように見えた。つまり、オウムのサティアン的なものを感じた。

それ以降、私は倉本聰の立派な人生観みたいなものを見聞するたびに違和感を感じるようになった。

「やは肌の あつき血汐にふれも見で さびしからずや 道を説く君 」

「サラダ記念日」俵万智の、与謝野晶子「みだれ髪」の解釈はこうである。

「燃える肌を抱くこともなく 人生を語り続けて寂しくないの」


看護婦さん

先日、頭をやられて横浜の脳神経外科病院に入院したときのことである。

手術に立ち会ってくれた看護婦さんが、めちゃくちゃ可愛かった。最初、病室に入ってきたときに「エッ!」とおもった。身長155センチくらいの笑顔の天使。しかし、いまの看護婦さんはあの白い帽子をかぶっていないし、スカート姿でもない。ポニーテールで、濃い紫色のVネックの上着に白いパンツである。

「あと2時間後に手術です。パジャマからこれに着替えてください。下は、ふんどしです」という。そして、血圧を計られた。「あら、かなり、高いですね」。私は答えた。「あなたが計っているからですよ。ふふッ」。彼女はうっすら恥かしそうに言った。
「よくいうワ」。これも、セクハラだろうか。

手術が終わって、3階から5階の病室にベッドに横たわったまま搬送された。そのとき、もうひとり先輩の看護婦さんが付き添ったのだが、先輩が後輩の彼女にいった。「あなた、ほんとキレイで可愛い顔をしているね」。変わった会話だな、とおもった。それは、私が言いたかったセリフだ。

その可愛い看護婦さんは去年、愛媛から出てきた24歳。私は「ときどき5階のこの部屋にきて」といった。しかし彼女は「それはできないんです。私は3階の勤務なので、できないんです。渡辺さんが3階にきてくださいよ」。しかし、それでは、ストーカー行為ではないか。それでも、その後、1回だけ3階にストーカーいたしました。

でも脳神経外科の病室というのは、みんな頭をやられて、「武器よさらば」とか「西部戦線異常なし」の野戦病院状態ですからね。許してください。


ポーカー・フェイス

アメリカのラスヴェガス、ホテルのカードテーブルで、3人の男とポーカーをしていた。ひとりは白人、ひとりは中東系、そして東洋人の男と私で4人。みなタクシード姿であり、自信ありげにほほ笑んでいる。カードの半分には、各国首脳陣の顔が描かれている。

私に最初に配られたカードには、アベ、イナダ、トランプ、があった。その時点で、勝ったとおもった。馬鹿のスリーカードである。私は手札を見ながら、ほくそえんだ。しかし正面に座ったMr・コウと名のる東洋人の男はカードを見ながら、あくまでも幸せそうな柔らかな顔でブルゴーニュの赤ワインをゆったりと傾けている。この時点で、私たちの左右の太りぎみの男たちはやや浮かない顔でバーボンのオンザ・ロックスを飲んでいる。私は内心笑いながらも、あくまでもポーカー・フェイスをよそおった。

さて、その次のカードが配られた。私にはスペードのエース、シリアのアサドがきた。アベ、イナダ、トランプ、アサドである。最強である。そして、最後の1枚はフランスのルペン大統領候補だった。世界を代表する馬鹿ども5人。私はバーテンダーを呼び、スカイ島のスコッチ、タリスカーのストレートをもう一杯注文した。そのとき、4人のあいだではブラフのかけあいで、賭け金は10万ドルまで引きあがっていた。日本円で1000万円くらいか。テーブルの下で、足にちょっとチカラがはいった。

そして、ドン! それぞれのカードの御開帳である。左右の客は撃沈。私は自信たっぷりにカードをならべた。何しろ、世界最悪の馬鹿5人である。でもその後、正面のMr・コウは私よりも余裕たっぷりにカードをテーブルにならべた。そこには、アベ、イナダ、トランプ、アサド、そしてキム・ジョンウンのカードがずらりとならんでいた。ロイヤル・ストレート・フラッシュである。

負けた。完璧に負けた。でも、なぜか清々しかった。そこで、目が覚めた。

今朝、そんな夢を見た。


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