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小説

 三つの水の物語       Three Streams Stories 

                   ジャック・オコーナー  

                   渡辺裕一 訳


  三年前の年末から年明けにかけて、私は一週間の休日をとり、ニュージーランドに遊んだ。フライフィッシングによる、鱒釣りをたのしむためである。かの地は、天然の巨大な鱒が釣れることで、世界中の釣り師の憧れの地となっている。しかも南半球は夏のまっさかり、絶好の釣りシーズンである。

 南島のほぼ中央にあるワナカ湖を拠点として、私はその周辺に流れるジンクリアと例えられる清澄な川を釣り歩いた。そして、五〇センチを超えるブラウントラウトとレインボートラウトを何匹も釣り上げ、至福のときを過ごした。

 旅の最後の日は、帰国便の離陸地であり、南島最大の都市であるクライストチャーチ散策にあてた。その日の夕方、街の中心にある大聖堂の裏側にあたる通りをぶらぶらと歩いているときである。一軒のほの暗い古本屋に足がとまった。店内を覗くと、太った白髪の老人が奥で本を読んでいる。私は日本でも、古本屋を見つけると、つい掘り出し物を物色する癖がある。黴臭い匂いのする店に足を踏み入れ、本の背表紙をつらつらと眺めていると、奥に釣り関係の本を数十冊集めたコーナーがあった。 

 その中からたまたま手にとったのが、この『Three Streams Stories』であった。クリーム色に濃いグリーンの縁どりをした表紙に、ひかえめな大きさのタイトルと著者名、そして小さな毛鉤のイラストがさりげなくあしらわれている。ぱらぱらとページを繰ると、釣りにまつわる短篇小説集であることがわかった。奥付には、著者名とニュージーランド南オタゴ出身、一九四五年生まれとだけ書いてある。白髪の店主に、この著者はどのような作家なのかと訊いてみたが、肩をすくめて知らないと応えるだけだった。安価なこともあり、旅の思い出として、私はその地味で飾り気のない本を買い求めた。

 日本に帰国後、仕事にかまけて、その本のことは忘れていた。そして一年ほどたった頃、寝室の片隅に積んだままになっていたその本がふと目にはいり、手にしてみた。そして、読んで胸に響くものを感じた。この本の著者の抱えている孤独と寂寥感のようなものに、私のこころが共振したのである。本の発行元にこの本の著者と連絡をとりたいと手紙を出したところ、一か月ほどたって返事がきた。その本を書いたジャック・オコーナー氏は、いまクライストチャーチの以下の住所にあるホスピスに入院している、というかんたんな文面だった。

半年後の正月休み、私はまたニュージーランドに向かった。一応、釣り竿は持参したが、今回の主な目的は彼に会うことだった。

 街はずれのホスピスは、おもっていたよりも清潔で小奇麗だった。個室の背もたれをすこし斜めに起こしたベッドに、ジャック・オコーナー氏は横たわっていた。肺がんを患い、痩せて、年齢よりも老けて見えた。しかし、事前に手紙を出していたせいか、彼はおだやかな笑顔で私を迎えてくれた。そして、ゆっくりと、噛みしめるように言葉をかわしてくれた。

 そのときに知ったのは、彼は長年、クライストチャーチにあるカンタベリー州立大学で英文学の教鞭をとっていたということ。家族とはずいぶん前に別れたこと。フライフィッシングを子どもの頃から趣味としてきたこと。『三つの水の物語』は、十年ほど前に出版した唯一の著書だということ。ちいさな出版社から小部数を出しただけなので、たいして評判にもならなかったことなどを枯れた声でたんたんと話してくれた。

私は、この本を読んで大いに共感するところがあったことを正直に述べた。彼は、日本人の私が、南半球のちいさな国の無名の人間が書いた小説に関心を寄せたことが不思議でならないようだった。とまどっているようにも見えた。

私は、日本には釣りの紀行文学はあるが、釣りの小説、とくにフライフィッシングのすぐれた小説はないのです。だから、できればこの本を日本語に翻訳して、日本の人々に広く読んでもらいたいのですと率直に申し入れると、意外なほどあっさりとそれを許してくれた。

自分は、もうすぐこの世から去るであろう。その後に、日本のどこかで私の書いた物語を読んで何らかのことをおもってくれる人がいるとしたら、それはそれで愉快なことだ。そのとき、私の魂は日本の空の上をさまよっているかもしれないよ。そう言って、彼はすこし笑った。

                                訳者


第1話「小屋」 


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