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葉巻

2か月ほど前であろうか。渡辺さんは煙草好きだから、といって妙齢の女性から葉巻を3本いただいた。1本、12万円だそうである。

どうせなら、葉巻好きのO氏と愉しもうとおもっていたところ先週お声がかかり、新宿で久しぶりに飲むことになった。アメリカに帰国する直前のGも一緒である。

1軒目のバルでビールやワインをたのしみ、2軒目はシガーバーだという。やたら薄暗い酒場に案内されると、皆さん、グラスを傾けながら葉巻を吸っている。我われは店の奥まったスペースに案内された。バーテンダーから酒のオーダーと一緒に「葉巻はいかがいたしましょう」と問わられる。私は、「いや、葉巻は持参しています」と応える。

さて、くだんの葉巻の吸い口をカッターで切り、その煙を深々と吸った。意外であった。ほのかなチョコレートの香りはしたが、3000円くらいの葉巻とそんなに違わないのである。「えっ!」である。1本12万円の葉巻をいま2本、24万円を燃やしているのである。灰にしているのである。しかし、何の感動もない。シュワルツェネッガーやジャイアント馬場が毎日、愛煙してきた葉巻である。湿度管理は、しっかりやってきたのにである。

開高健がいただきものの数10万円するロマネ・コンティ1935年を飲んだときと同じだった。

夢は、煙と消えた。

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バルセロナ ランブラス大道り

孤独というのは、群衆のなかで、黙ってひとりで立っていることである。

孤独というのは、騒音のなかで、無音を感じることである。

孤独というのは、あふれる色彩のなかで、無色になることである。

尾崎放哉は詠んだ。「咳をしても 一人」

樹の上で、頭をもたげ、毅然と立つ一匹の鳥。

孤独は、たのしいものである。贅沢なものでもある。

45年前の異国の通りの屋台で、焼き栗を買って食べたことを思いだした。

そして、今回のあの通りでの無残なテロ。

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熱中症とは

昔、山登りに明け暮れていた頃、釣りに耽溺していた頃、恋に溺れていた頃、私はまさに熱中症だった。

ふり返ると、何かに熱中できるということは幸せなことであろう。

一生、何かに熱中できるひともいる。たとえば、ピカソや棟方志功のように。そして、下町の工場で小さなネジを作ることに熱中してるひとのように。うらやましい。

さて翻って、現在の私はというと、何もない。熱中するものが何もない。空中のなかの空気なのである。ぽかんとした空間に生きている。

私は、絶望的に無意味な人間なのである。嗚呼、虚無の絶壁にたたずむ一匹の犬。

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斎戒沐浴

この1週間ほど、シャワーを浴びていない。下着は取りかえたけれど、ここのところ涼しいので、シャワーを浴びる必要がない。面倒くさいしね。昔、旅をしていた頃は、シャワーなんて気にしなかった。髪があまりにバサついてくると、川に入って石鹸で全身を洗った。

いま、年若いGなんて、シャワーは浴びるが、いっさい石鹸やシャンプーは使わない。それが現在の健康法なんだそうである。

そいえば、昔滞在したサハラ砂漠の人々は年に1度も風呂に入っている気配がなかった。でも、清潔だった。湿度が低いせいもあるのであろう。地球上のほとんどの動物だって、一生のあいだに風呂に入ったりシャワーを浴びたりしない。人間だけ、なぜそういう習慣をもったのだろう、と深夜にフト考えた。

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九十九里への旅(3)

枕が柔らかくて眠れなかったというと、K君が硬い枕を用意してくれた。おかげで、2日目は9時間、熟睡することができた。

昨夜をふり返ると、K君とGと私で、日本の戦争責任について飲みながらいつしか侃々諤々の議論になっていた。結論をいうと、日本の軍部が行ったことは徹底的に悪いが、自分たちもあの時代に生きていたら、やはり軍国主義に染まって、嬉々としてアジアで殺戮をしていたであろうということだ。

そしてGと私がもっとも強調したのは、日本はアジアの国々に対して「ちゃんと謝罪していない」ということだった。悪いことをしたことを謝るのは恥ずかしいことではないのである。謝らないことが、恥ずかしいことなのである。たとえば、私は1973年にスペインの安酒場で、若い旅人8人ほどと飲んだことがある。みんな、どこから来たかと述べあった。そのとき、「ドイツから」と答えた男と「南アフリカから」と答えた男に、私は「フン」という対応をした。当時、まだドイツのホロコーストでの600万人のユダヤ人虐殺の記憶は生なましかったし、南アフリカのアパルトヘイト問題もリアルな現実だった。

しかしいま、ドイツはホロコースの戦争犯罪を全面的に謝罪することで世界で認められる国になった。そのことは、小学校から徹底的に教育されている。南アフリカはアパルトヘイトを全廃し、白人と黒人の融和政策をとっている。それらの国は国際的に認められるようになった。

翻って、日本は戦時中に行った戦争犯罪に対して、どの国にもはっきりと謝罪していない。義務教育の教科書でも、日本の戦争犯罪を正面から教えていない。Gは日本の学校に行ったことがないのだが、それらのことをたぶんインターネットで知ったのであろう。子どもたちの教育現場でそのことを教えていないことがもっとも罪であるという。日本は原爆を落とされたという戦争の被害国である。しかし、アジアで殺戮をくり返した戦争の加害国でもあるということをまず認めるべきであるというのである。

さて、九十九里の旅の3日目、朝食に生ホルモンとキャベツの味噌汁が出てきた、これには驚いた。お澄ましのように上品である。創作料理であろうが、うますぎる。やはり、料理はクリエイティブである。

最後に、庭に建てられたK君の陶芸工房を見せてもらった。本格的なものだった。我われはすべてに満足し、帰途のバスに乗った。うつらうつらしているうちに、東京に着いていた。

きょうは敗戦記念日、そして1昨日、2歳上の友人Sさんがすい臓がんで亡くなった。


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