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斎戒沐浴

この1週間ほど、シャワーを浴びていない。下着は取りかえたけれど、ここのところ涼しいので、シャワーを浴びる必要がない。面倒くさいしね。昔、旅をしていた頃は、シャワーなんて気にしなかった。髪があまりにバサついてくると、川に入って石鹸で全身を洗った。

いま、年若いGなんて、シャワーは浴びるが、いっさい石鹸やシャンプーは使わない。それが現在の健康法なんだそうである。

そいえば、昔滞在したサハラ砂漠の人々は年に1度も風呂に入っている気配がなかった。でも、清潔だった。湿度が低いせいもあるのであろう。地球上のほとんどの動物だって、一生のあいだに風呂に入ったりシャワーを浴びたりしない。人間だけ、なぜそういう習慣をもったのだろう、と深夜にフト考えた。

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九十九里への旅(3)

枕が柔らかくて眠れなかったというと、K君が硬い枕を用意してくれた。おかげで、2日目は9時間、熟睡することができた。

昨夜をふり返ると、K君とGと私で、日本の戦争責任について飲みながらいつしか侃々諤々の議論になっていた。結論をいうと、日本の軍部が行ったことは徹底的に悪いが、自分たちもあの時代に生きていたら、やはり軍国主義に染まって、嬉々としてアジアで殺戮をしていたであろうということだ。

そしてGと私がもっとも強調したのは、日本はアジアの国々に対して「ちゃんと謝罪していない」ということだった。悪いことをしたことを謝るのは恥ずかしいことではないのである。謝らないことが、恥ずかしいことなのである。たとえば、私は1973年にスペインの安酒場で、若い旅人8人ほどと飲んだことがある。みんな、どこから来たかと述べあった。そのとき、「ドイツから」と答えた男と「南アフリカから」と答えた男に、私は「フン」という対応をした。当時、まだドイツのホロコーストでの600万人のユダヤ人虐殺の記憶は生なましかったし、南アフリカのアパルトヘイト問題もリアルな現実だった。

しかしいま、ドイツはホロコースの戦争犯罪を全面的に謝罪することで世界で認められる国になった。そのことは、小学校から徹底的に教育されている。南アフリカはアパルトヘイトを全廃し、白人と黒人の融和政策をとっている。それらの国は国際的に認められるようになった。

翻って、日本は戦時中に行った戦争犯罪に対して、どの国にもはっきりと謝罪していない。義務教育の教科書でも、日本の戦争犯罪を正面から教えていない。Gは日本の学校に行ったことがないのだが、それらのことをたぶんインターネットで知ったのであろう。子どもたちの教育現場でそのことを教えていないことがもっとも罪であるという。日本は原爆を落とされたという戦争の被害国である。しかし、アジアで殺戮をくり返した戦争の加害国でもあるということをまず認めるべきであるというのである。

さて、九十九里の旅の3日目、朝食に生ホルモンとキャベツの味噌汁が出てきた、これには驚いた。お澄ましのように上品である。創作料理であろうが、うますぎる。やはり、料理はクリエイティブである。

最後に、庭に建てられたK君の陶芸工房を見せてもらった。本格的なものだった。我われはすべてに満足し、帰途のバスに乗った。うつらうつらしているうちに、東京に着いていた。

きょうは敗戦記念日、そして1昨日、2歳上の友人Sさんがすい臓がんで亡くなった。


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九十九里への旅(2)

さて、九十九里の2日目である。私はすでにヘトヘトに疲れていた。というのも、久しぶりにK君に会ったという高揚感もあって飲み過ぎていた。そして、あたえられた寝室の枕がふわふわの柔らかいスポンジのものだった。何度寝返っても寝つかれず、けっきょく私はリビングで朝までひとりで酒を飲んでいた。私は、固い枕でなくては眠れないのだ。

徹夜で飲んで、人生最高のシジミの味噌汁付きの朝食をいただき(手造り味噌の発酵具合が国宝級)。1時間だけ眠らせてもらい、昼からは予定どうりのハゼ釣りである。行ってみて驚いたが、ハゼ釣りというのは海の釣りではなく、川と海の水の交わる汽水域での釣りなのである。だから、見た目の景色は広い川の釣りになる。ルアー竿の糸の先におもりを付けて、その先の小さな針にイソメというミミズのような生餌をつけて、川にぶん投げる。そして、しばし待つ。たまに、ぷるぷるという小さな当たりがくる。それをゆっくりとリールで巻くという、のんびりとした釣りである。

Gは、スポーツというのを一切やらない。ランニングと森の中のウォーキングと、釣りだけである。だから、今回の釣りをずいぶんと楽しんだようだ。もう帰ろうといっても、なかなか竿をたたまなかった。「人世で、いちばん楽しい釣りだったよ」という。

釣果は3人で、ハゼ10匹、コチ2匹。そして魚市場で見つけたナガラミ、背黒イワシ、本マグロの赤身をK君が手早く食卓に出してくれた。そのあとに、ハゼ、コチ、白ナス、シイタケ、ゴーヤを目の前で天ぷらとから揚げにしてくれた。それにしても九十九里のハゼの天ぷら、それはそれはふわふわと身が柔らかくて、繊細な味わい。同じ江戸前の白身の天ぷらでも、キスより上等だとおもった。苦労して釣ったかいがありました。

すべて絶品、絶妙。K君に感謝多謝。


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九十九里への旅(1)

金曜日の午後5時、千葉九十九里浜の東金駅に、電車を2時間乗り継いでGと到着。友人のK君が出迎えてくれる。彼はこの地に移り住んで5年。写真家であり、陶芸家でもあるが、プロはだしの料理人でもある。初めて訪ねた家はほどよく趣味が良く、清浄な空気が漂っている。白い猫が一匹。名前はパル、人なっこい。捨て猫だったらしい。居心地が良いリビングでビールを飲んでいると、キッチンから次々と料理が運ばれてくる。

まずお通しとして地元産の目刺し、そして万願寺唐辛子。このあたりで、大分むぎ焼酎
二階堂のオンザロックスに切りかえる。そこにポテトサラダと自家製ローストビーフが
登場。ローズマリーとニンニクの香りがほのかにする。そして庭のバーベキューセットの炭火で焼いた牛タン、ラムチョップステーキ、レバー、地元産の生ホルモンという至福の肉攻めであった。とにかく初日は、肉の日だとのこと。

庭に見事なソテツの木があった。5本は横に3メートル、1本は縦に3メートルの幹をのばしていた。K君は東京にいたときよりも、縦横に10メートルくらい大きくのびやかに暮らしていた。

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てふてふ

きょうは、どんよりとした蒸し暑い夏の日だが、ベランダにオレンジ色の蝶が一匹、数時間も行ったり来たりしている。

それで久しぶりに高校時代に愛読したジュール・ルナールの「博物誌」を思いだした。


  二つ折りの恋文が 花の番地をさがしている



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