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左腕を吊りながら考えた


思索は、グラスの縁にある。

記憶は、グラスの底にある。

憂いは、グラスの外にある。



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骨の折れる話


土曜日の未明である。グラスを傾けながら本を読んでいたが、屈託をかかえていたこともあり、いっこうに眠くならない。そこで、睡眠導入剤をのんだ。しばらくしてベッドに行こうと椅子から立ち上がったところで足がもつれて転んだ。そのとき、この前のことがあるので頭をかばおうと、とっさに左手を床についた。グキッと頭の奥で音がして、左腕に激痛が走った。全体重が左腕いっぽんにかかった。アルコールと睡眠導入剤の複合作用がいけなかったのであろう。痛みにたえながらベッドに横たわり、眠った。

翌朝、目が覚めると痛みは増していた。左上腕部が腫れて、紫色になっている。稀勢の里とおなじところ、おなじ症状だ。薬局で湿布薬と三角巾を買ってきて、とりあえずの処置をした。しかし痛みは増すばかり。肉離れであろうと自己判断した。

月曜の朝、近くの整形外科に行って診てもらった。レントゲンを撮り、それをモニターで見ながら医者が言った。「骨折しています」。私もモニターを見せてもらったが、上腕部の骨にかなりはっきりとした亀裂が走っている。上腕部亀裂骨折。手術ではなく、湿布薬と鎮痛剤の服用、そして腕を三角巾で吊り、さらにその上から巾20センチくらいのリブバンドというコルセットのようなもので腕と胸部を巻く。この状態で通院をつづけて自然に骨がくっつくのを待つしかないそうである。

しかし右腕いっぽんで生活するというのは、おもった以上に大変だということを知った。食器ひとつ洗うだけでも大ごとだ。戦争で片腕を失った漫画家の水木しげるは難儀だったろうなと妙なことに思いをはせた。私の場合は自業自得。誰のせいでもない。自堕落生活のバチが当たったのであろう。

日々是反省。


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美人のお尻


数週間前に、NHKの地上波で見た「人体の」なんとかの予告編である。録画しておいて、あとから見た。

ノーベル賞を獲った京大の中山教授とタモリと女優の石原さとみが出演していた。さして面白い番組ではなかったが、ひとつだけ印象に残ったことがあった。

人体について、タモリがいった。「昔、大腸についての話を考えたんですよ。なぜ、脳や心臓にくらべて大腸は人間の体のなかでも尊敬されずに下にみられているのだろう。それを大腸がぶつぶつと語るんですよ。それはたぶん、大腸が肛門につながっているからであろう。それを私は〝大腸語る″というというタイトルにしたんですけれど、あまりにくだらないとボツになったんですよ。ハハハッ!」

そのとき、石原さとみがからだを折って笑った。肛門という言葉に笑った。大いに反応した。あれほどの美人にも肛門はあるのだろうか、と私はこの歳になっても驚くのであった。


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MLB


私は野球が好きだ。小学校の高学年の頃に、長嶋がデビューした。金田、稲生、中西、豊田、村山、江夏、田淵の全盛期をつぶさに知っている。それらの選手を生でも見ている。とにかく、私は日本のプロ野球が好きだった。

しかし今年、私は日本のプロ野球のテレビ中継を一度も見なかった。ここ5年ほど、ずっとそうである。なぜかというと、つまらないからである。選手のプレイがマジメに仕事をしているサラリーマンにしか見えないのである。

そしてキャッチャーのうしろ、つまりバックネットあたりの広告の汚さ。目立とうとして赤や黄色を多用している。便所の落書き並みだ。オーナーをはじめとする経営陣に野球というスポーツへのリスペクトの気持ちがないのであろう。

そのてん、私が早起きをして毎朝見ているアメリカの大リーグ(MLB)はちがう。おもいっきり投げたボールを、おもいっきり打つだけ。そして、三振をとっても、ホームランを打っても、からだじゅうで喜怒哀楽を表す。進塁したベース上でも相手選手と、笑顔で会話を交わす。野球というスポーツを全身でたのしんでいるのである。

野球というものは、本来そういうものだとおもう。もともとは、原っぱで棒とボールで遊んでいた素朴な遊びなのだ。私も、小学校から中学時代はずいぶん夢中になった。こんなに素敵なスポーツはない。投球板からホームベースへの距離、塁間などの距離は絶妙である。神が決めたものである、とたぶん日本に野球を翻訳した正岡子規ならおっしゃったであろう。

きょうは、田中将大が所属するヤンキースがインディアンスに勝ち、リーグ優勝決定シリーズに進出をきめた。早起きして、シャワーで斎戒沐浴したかいがあった。

追記

日本ではNYヤンキースは読売ジャイアンツのようなエリート球団だとおもわれていますが、それはボストンレッドソックスです。ヤンキースは日本でいえば、阪神タイガースです。大衆の味方です。ヤンキースタジアムはマンハッタンの北にあるドヤ街のブロンクス、東京でいえば御徒町や山谷みたいなところにあります。地下鉄をおりると、その景色に驚きます。


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怖い話


きょうの未明である。アベとコイケの危険性について、当ブログの記事を書いていると、パソコンがとつぜんフリーズした。いくらキーボードを叩いても、にっちもさっちもいかない。そのうち、電源も切れた。お手あげである。

私のような一般市民にも、この国の監視網は働いているのだろうか。共謀罪というのはもう機能しているのだろうか。

そういえば、「こんな国はイヤだ。もう北朝鮮にでも亡命したい気持ちだ」と書いたとたんにフリーズした。

どうも、「アベ」「コイケ」「北朝鮮」という言葉の連なりが当局の電脳チェック体制に引っかかったようだ。みなさん、怖い世の中になってきましたよ。

電源はキーボードではらちがあかなく、モニターの電源で強制的にONにしました。


追伸
契約しているパソコントラブルの相談窓口にきいたら、キーボードの電池切れの可能性がありますとのこと。単3の電池2本を入れ替えたら、すべて解決いたしました。スミマセン。 被害妄想だったようです。


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ロードショー


明日10月7日、「月と雷」という映画が全国公開される。この映画制作にたずさわった友人に劇場用パンフレットにコラムのようなものを書かないかといわれて、したためたのが以下のものである。ご興味のある方は、ぜひ劇場に足をはこんでください。


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漂う


数年前、私は角田光代の原作『月と雷』を読んだ。新聞か雑誌の書評で知り、興味をもったからである。読後しばらくしても、妙にあとをひく小説だった。登場人物のそれぞれに実際に会ったことがあるような感覚が残った。その小説の映画化ということで、今回観てみた。

漂う、漂流する、この映画には、ずーっとそういう空気が流れている。日本の、地方都市の、どこにでもある景色の中で、くりかえされる日常、そこで行われる男と女の交情。だらだらと流れる時間と日々、つまり、これはリアリズムの映画である。他人の日常をかいま見るものでもある。

のっぺりとした時間、ねじれた風景、腑に落ちない気分、甘い喪失感、違和感のあるふつうの生活、漂流というのは、場所を移動するだけではなく、時間を移動することでもある。しかも、縦と横に。だが、人間というのは、なべてそのように、ずるずると仕方なく生きている。

映画の後半に、「オレさ、女の子とつづかないんだよね」「アンタ、生活って考えたことないでしょ。アンタ、ご飯がお菓子でも平気でしょ」「でも、ふつうの生活ってなんだろう」というやりとりがある。主人公のひとり、サトルは子どものころから母親ナオコと日本各地を転々としてきた。それが、ふつうだとおもっていた。ナオコはそのとき知りあった男のところにふらふらと居つき、あきるとフイと家を出て、また次に知りあった男の家に息子と棲みつく。その繰り返しであった。もうひとりの主人公であるヤスコは、そういう親子が家族のあいだに転がり込んできたことで、人生が曲がっていく。ヤスコはナオコに訊く。「そういう計画的でない暮らしって、あるんですか」。ナオコは応える。「でも、なるようになるものなのよ」。ありそうで、ありえないような、ふつうの物語ではある。

じつは私も20代の大半、海外や国内を漂ってきた。母親のナオコと同じように、若い頃からいまにいたるまで、「なるようになるさ」と生きてきた。にっちもさっちもいかなくなると、なぜかいつも、誰かが手をさしのべてくれた。そのくり返しで、いまもなんとか生きている。ナオコの気持ちがよくわかる。そのだらしない気持ちも。

だから、この3人を演じる役者たちから滲みでる、漂う人間の気分と空気感にリアリティーを感じた。面白くもあり、魅かれもした。サトル役の高良健吾とヤスコ役の初音映莉子は若いにもかかわらず、漂わずに漂っている難しい役柄を演じて、不思議な存在感を醸しだしている。そして特筆すべきはナオコ役の草刈民代。美しさを売りものにしてきた彼女が、今回の役ではノーメークと仕草で、自堕落に漂う女を好演している。これは彼女の女優としてのターニングポイントとして人々の記憶に残るであろう。

さて当然ながら、人間は漂いながらも、ふと立ち止まるときがある。幸せとは何だろう、ふつうの暮らしとは何だろうと。
不思議なことに、漂いながら、ふと立ち止まったときに、ありありと見えてくるものがある。ずるずると漂いながらも、「あッ!」と感じるリアルな瞬間がある。この映画は、そういう「あッ!」という感覚を描いているのではないだろうか。すぐれた映画とは、それをどう表現しているかだともいえる。そういう意味で、この作品はよく出来ている。

私は今回の映画『月と雷』を観て、小説を楽しむことと映画を楽しむことは別の楽しみであると実感した。つまり、2度楽しんだのである。


渡辺裕一




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700回


いまふと、当ブログの左側を見ると、記事のアップ数が700回を超えている。いままで、100回ごとに自分で気にいっている過去の記事を再録してきたのだが、それをやった記憶がない。ボケたのだろうか。
ま、イイ。記憶にないのだから、やってないのであろう。とりあえず、以下にマイフェヴァリット記事を再録させていただきます。

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アナザー・ニーチェ(1)

15年ほど前のことだろうか。
「もしもし、Nだよ。覚えてる?」という電話があった。「どちらのNさんでしょうか?」と私が応えると、「覚えてないの。キミが高校時代に落第しそうになって追試を受けるときに、特訓で勉強を教えてあげたNだよ」という話がとつぜんあった。

高校を卒業して数10年ほどもたっている。いきなり、そう言われても面喰らうばかりだったが、いろいろと話しているうちに、ぼんやりとだがNのことを思い出した。たしかに、私が落第しそうになったときに、下宿にきて勉強を教えてくれた秀才のNという男がいた。地方の名家の次男で、彼の祖母はたしか、地元でいちばんの素封家の子息であった太宰治と見合いをしたとか言っていた男だ。同窓会で、たまたま私の現在を知っている友人と会い、電話番号を聞いたと言う。

銀座のビアホールで、彼と会った。顔も声も、驚くほど若かった。やたら陽気で、爽やか。やはり、秀才の顔をしている。
聞くと、彼は名門大学を中退したあと、ホテルやクラブでピアノの弾き語りをしていたが、カラオケが普及してきたことで失業し、いまは下町のホテルで配膳係をしていると言う。
多肉植物の研究にもいそしんでいて、その世界では有名らしい。千葉のアパートには100鉢ほどを育てており、それらのラテン語学名はすべてそらんじていると言う。おおきな手さげ紙袋から取りだした分厚いアルバム数冊には彼がネパールなどで撮った多肉植物の写真がぎっしりと並び、それらひとつひとつのラテン語学名を教えてくれるのだが、こちらにはチンプンカンプン。さらに自作ブーメランの世界では、日本代表で海外遠征もしているとも言う。なんだか、すごい自由人である。

そして、もうひとつの紙袋から取りだしたのは厚さ20センチくらいもある彼の数10年に渡る研究原稿で、これは新約聖書の矛盾点をすべて暴きだしたものだとのこと。これが世に出たら、バチカンを始めとして世界中のキリスト教会が大パニックに陥るだろうと低い声で言って、彼は周りをそっと見まわした。

そのうえさらに、彼は長年に渡って自然食の研究をしていて、その方面ではちょっとした者だそうである。「来週の土曜日、ぼくがやっている自然食仲間の飲み会があるんだ。キミも来ないか。みんな、イイ連中だよ」と明るく言われて、私は何となく承諾した。

(この稿つづく)


アナザー・ニーチェ(2)

その日、友人のパタゴニアンA君を伴って、私は高田馬場駅に降りたった。Nが待っていた。3人でゆるやかな坂道を上り、左に折れると鬱蒼と木々の繁る神社があった。その境内をつっ切ろうとすると、高い松の木の上でカラスが「ギャー!ギャー!」と異様な勢いで鳴いている。A君にぐいと腕をつかまれてハッと足元を見ると、若いカラスの死骸があった。それを跨いですぐの先に、きょうの集合場所のアパートがあった。

アパート1階の八畳間に男3人、女4人ほどが集まっていた。部屋の片隅に蒲団が丸められている。みんな、とても明るく友好的。三畳ほどの台所で交代で料理をしているのだが、そこは乱雑をきわめている。洗い物をしていない鍋や皿があふれている。そこで私は、“あれっ、何かヘンだな”とおもった。自然食が好きというよりも、自然過ぎるのだ。すさんでいるのだ。

ビールを飲んでいるうちに、野菜の煮物やすき焼きのようなものが汚れのこびりついたままのアルミの鍋やフライパンに乗ったままコタツの上に置かれる。皿はない。それを直接箸でつつきながら、みなやたら楽しそうにビールを飲み、隣り近所に大丈夫かなとおもうくらいの大声で笑い、ひたすらテンションの高い会話を繰り返す。

とつぜん、30歳くらいの頭のぐらぐらする男がA君に、「ぼくをバカにしてるでしょう」と言いながらさめざめと泣きだした。A君、ひたすら、「そんなことはありません」と弁解する。しかし、いくら弁解しても彼の怒りはおさまらない。そこで、A君が「はい、ぼくが悪かったです。申しわけありません。あなたが正しいです」と言うと、「ほら、やっぱり、その言い方はぼくをバカにしてる」と、ついにはこぶしで床を叩いての号泣となる。

だんだんとわかってきたことは、私の高校時代の同級生Nもふくめて、みなさん、どうもその手の病院で知り合った入院患者仲間ということだった。とても、たちうちできない。A君と「煙草を吸ってきます」と言って、いったんアパートの外に出た。

ふたりで、道端でふーっとため息をつき、煙草に火をつけた。と、そこへ、60代とおぼしき白い杖をついた盲人と彼の腕をとる30代の女性が歩いてきた。そのとき、その盲人がアスファルトを杖でつきながら言った。「オレの眼の黒いうちは、ああいうことは許さねえからな」
私はA君と眼を見合せ、そして絶句した。暮れなずんだ周りの景色が、古い硝子を透して見ているようにゆがんでいる。遠近感が微妙にずれている。

あの神社でカラスの死骸を跨いだところが、結界だったのだ。私たちは不安になり、この現実からどうやって自然に御いとまできるのか、小声で相談していたのだった。



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翻意

数日前、千葉館山の山奥に棲むことにした、ということを当ブログでご報告した。
CDや本を処理し、大きなオーディオ装置も処分することにした。

それらの整理をしながら、頭がだんだん冷静になってきた。O氏の別荘はいちばん近いスーパーまででも6キロ以上あるという。しかも、山の上である。車を運転する人間にしか棲むのは難しいところである。O氏に訊くと、街までの道もトンネルやダンプの走る細い道路があり、電動自転車での往復はあまりに危険だという。

そして、東京まで片道3時間くらいかかる。つまり仕事をやめて、隠遁生活をするということになる。人とまったく会わない場所で、頭がおかしくなる可能性も大きい。ということでO氏とも相談し、今回の夢見るような、甘えた話はなかったことにしていただいた。しばらくは現在のお気に入りのアパートに棲みます。
凡人は都会に棲む。

いろいろご心配をおかけして、すみませんでした。

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漂う

賢人は海に棲む。
聖人は山に棲む。

友人のO氏が房総の館山に小さな別荘をもっている。何度か訪れたことがあるが、山の上の何とも気のいいところである。
3日ほど前にO氏と飲んだとき、「あの別荘は使っていますか。もし、あまり使っていないのなら棲まわせてもらえませんか」と訊ねると、「いいですよ」という返答をいただいた。私も歳をとり、仕事もなく、家賃を払うことが難しくなってきたのである。

ということで、11月からひとりで館山の山の奥に棲むことになった。東京のアパートは引き払うことにした。山の上の一軒家から食料を買ったりするために街に出なければならない。私は車を運転できないので、電動自転車を買うことにした。
O氏から、ひとつだけ条件をつけられた。「小説を書いてください」。ありがたい条件である。こころを改めようとおもう。

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味の素

先日、九十九里に移住したK君と電話で話をしていて鍋談議になった。私はこのところ、週に2度ほど鶏のハツ(心臓)鍋をつくって食べている。チゲ鍋だ。ニンニクとショウガをみじん切りにして鍋に落とし、ごま油で炒める。キムチを追加してさらに炒める。お湯をたっぷり入れて、酒、みりん、味噌、しょうゆ、コチジャン、貝柱調味料顆粒をすこし加えて、あとはキャベツ、豆腐、ハツ(切れ目を半分入れて、血合いを包丁でとる)、モヤシを入れてできあがり。これがウマイんだ。ハツがぷりぷりしてさ、と私はいった。

K君はいった。味の素を入れるべきですね。韓国料理は、いまやすべて仕上げは味の素です。エッ、味の素、いまだに売ってるの。ここ何10年も見たことないけど。売ってますよ、味の素は、うま味をぐんとアップしてくれます。たとえば、フライパンに目玉焼きを2個つくります。そして片一方だけに味の素を振りかけ、それぞれを食べ比べてください。ちがいは歴然ですよ。

そこで思い出した。もう30年ほど前に聞いた話である。ある男が脱サラして、大好きなチャーハンの専門店を開こうと思い立った。東京のチャーハンのうまいといわれている店をあまた食べ歩いて、これだという店にたどり着いた。彼は店主にお願いした。「ぜひこの店のチャーハンの極意を知りたいので、半年間、無給で働かせてください」。店主は応えた「働かなくていいよ。キャッシュで30万円もってきたら、極意をおしえるよ」。男は翌日、30万円を店主に渡した。その極意はかんたんなものだった。「仕上げに味の素をたっぷり振りかけることだ」

こんな話も思い出した。あるグルメ雑誌がチャーハン特集をすることになった。その雑誌の女性編集者が東京中のチャーハン有名店を訪ね、ついにこれこそ究極のチャーハンという店を見つけた。それは他を圧倒するうまさであった。彼女はそれから毎日その店に通いつめ、店主を説得し、ついに厨房に入ることを許された。そこで彼女が見たものは・・・仕上げの中華鍋に味の素を惜しげもなく入れるというものだった。

私の子ども時代、どの家庭のちゃぶ台にも赤いキャップの味の素が置かれていた。漬物だろうが、芋の煮っころがしであろうが、カレーライスであろうが、皆その上に味の素をふりかけて食べていた。1970年代であろうか、それがいっせいに日本中の食卓から消えた。たぶん風評被害だろうが、味の素はケミカルな材料からつくられていて危ないものだという説がひろがった。化学調味料という呼び方も悪い方にでた。80年代にはいると、味の素も「麦からビール、サトウキビから味の素」という自然素材であるという大キャンペーンを張ったが事すでに遅し、消えた赤いキャップが復活することはなかった。いまは、東南アジア全域で味の素は席巻しているという。

私はK君の料理の腕と舌に全幅の信頼をおいているので、先日スーパーで探した。赤いキャップの味の素は棚の上の方にひっそりと鎮座ましましていた。昨日、ハツ鍋をつくり、味の素を小さじ1杯ほど仕上げに入れた。なんだか、うま味が増したような気がした。


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追加本


トム・ロブ・スミス 「チャイルド44」
*とにかく、ハラハラドキドキの大傑作ミステリー。

ルイス・セプルベダ 「ラヴ・ストーリーを読む老人」
*南米文学の傑作。何度読んでも素晴らしい。

佐藤愛子 「うらら町字ウララ」
*私はこの本を30数年前に読んでスゴイッと唸り、今回再読してスゴイッとまた唸った。いまは書店にもアマゾンにも無いようですが、図書館にはあるとおもいます。

米沢穂信 「満願」
*短篇ミステリー集。エンターテイメント小説の極北。

稲見一良 「ダック・コール」
*とにかく、絶品です。とにかく、読んでください。

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面白本


ベルギー在住の真美さんから、面白い本の情報を当ブログにもっとアップしてほしいというコメントが入っていた。そこで思いつくままに、ジャンルも傾向も関係なく、ただ面白いということだけを基準に選んでみた。

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桜木柴乃 「ホテルローヤル」「霧ウラル」「裸の華」

宮部みゆき「名もなき毒」杉森三郎シリーズ第2弾

佐々木譲「警官の血」「エトロフ発緊急電」

沢木冬吾「約束の森」

ジェフリー・アーチャー「誇りと復讐」「ゴッホは欺く」

ジエフリー・ディーヴァー「ボーン・コレクター」「ウオッチメーカー」

ローレンス・ブロック「八百万の死にざま」「おかしなことを聞くね」

向田邦子「父の詫び状」

開高健「ロマネ・コンティ・一九三五年」

トルーマン・カポーティ「冷血」


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葉巻

2か月ほど前であろうか。渡辺さんは煙草好きだから、といって妙齢の女性から葉巻を3本いただいた。1本、12万円だそうである。

どうせなら、葉巻好きのO氏と愉しもうとおもっていたところ先週お声がかかり、新宿で久しぶりに飲むことになった。アメリカに帰国する直前のGも一緒である。

1軒目のバルでビールやワインをたのしみ、2軒目はシガーバーだという。やたら薄暗い酒場に案内されると、皆さん、グラスを傾けながら葉巻を吸っている。我われは店の奥まったスペースに案内された。バーテンダーから酒のオーダーと一緒に「葉巻はいかがいたしましょう」と問わられる。私は、「いや、葉巻は持参しています」と応える。

さて、くだんの葉巻の吸い口をカッターで切り、その煙を深々と吸った。意外であった。ほのかなチョコレートの香りはしたが、3000円くらいの葉巻とそんなに違わないのである。「えっ!」である。1本12万円の葉巻をいま2本、24万円を燃やしているのである。灰にしているのである。しかし、何の感動もない。シュワルツェネッガーやジャイアント馬場が毎日、愛煙してきた葉巻である。湿度管理は、しっかりやってきたのにである。

開高健がいただきものの数10万円するロマネ・コンティ1935年を飲んだときと同じだった。

夢は、煙と消えた。

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バルセロナ ランブラス大道り

孤独というのは、群衆のなかで、黙ってひとりで立っていることである。

孤独というのは、騒音のなかで、無音を感じることである。

孤独というのは、あふれる色彩のなかで、無色になることである。

尾崎放哉は詠んだ。「咳をしても 一人」

樹の上で、頭をもたげ、毅然と立つ一匹の鳥。

孤独は、たのしいものである。贅沢なものでもある。

45年前の異国の通りの屋台で、焼き栗を買って食べたことを思いだした。

そして、今回のあの通りでの無残なテロ。

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熱中症とは

昔、山登りに明け暮れていた頃、釣りに耽溺していた頃、恋に溺れていた頃、私はまさに熱中症だった。

ふり返ると、何かに熱中できるということは幸せなことであろう。

一生、何かに熱中できるひともいる。たとえば、ピカソや棟方志功のように。そして、下町の工場で小さなネジを作ることに熱中してるひとのように。うらやましい。

さて翻って、現在の私はというと、何もない。熱中するものが何もない。空中のなかの空気なのである。ぽかんとした空間に生きている。

私は、絶望的に無意味な人間なのである。嗚呼、虚無の絶壁にたたずむ一匹の犬。

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