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無題

昨夜、午後7時のニュースを見たおぼえはあるが、そのあとの記憶がない。KOされたボクサーのようにベッドにたおれた込んだ。夢も見なく、目覚めたのは午前2時頃だった。NHKのラジオ深夜便にスイッチを入れると。BIGINの「なだそうそう」が流れていた。そうか、彼らが石垣島に生れたころ、たぶん私は石垣島に暮らしていたのであろう。

石垣島だって、1975年頃とはもうずいぶんかわっているだろうな。それは自然なことだ。私は昔の石垣島も、いまの石垣島も愛す。

何かを書こうとおもって書きだしたのだけれど、それが何かを忘れてしまった。頭が弱くなったのか、酔いのせいなのかはわからない。

あ、そうだ。つげ義春の名随筆「貧困旅行記」のことだった。これは、またいずれ。



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日本のジャーナリズムというのは、なぜ真実をずばりと書かないのだろう。アベ夫妻の犯罪をなぜずばりと書かないのだろう。彼らは刑務所に入って当然の罪を犯しているのにである。

卑近な例でいうというと、紀州のドン・ファン事件である。誰がみたってあれは若妻である高級売春婦による殺人事件である。その若い売春婦を手配した連中がいたわけで、警察はもちろん彼らの足どりを追っているであろう。そこに元高級売春婦のデヴィ夫人がからんでいるのも面白い。

日大アメフト部の事件だって、理事会のトップまで追いつめても解決できないであろう。闇はもっともっと奥深い。「日大コンツェルン」という想像もつかない大きな組織の闇である。そこには、巨大な利権がうごめいている。日大は、丸ごと廃校にしたほうがいい。

私は世俗的なゴシップが好きである。なぜなら、人間学としてはそれがいちばん面白い。

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満月

きょう、西の空に、満月がまんまるに笑っていた。

昔、Gが2歳のころだったと思う。彼は月を見るのが好きだった。ある日、ふたりで近所の坂に座って月を眺めていた。

おおきな月が天上にあった。そこに、ゆっくりと雲がかかってきた。月が隠れていく。

Gは言った。

「おつきさん、おふとんかぶって、ねんね」

詩とは、こうして生まれるものかと私は実感した。



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石垣島

1975年頃だったとおもう。私は品川からフェリーで沖縄の那覇に渡った。25歳くらいだったとおもう。仕事を探したがなかったので、すぐに石垣島に渡った。

島の裏側にある川平という集落にたどりついた。私の好きな映画「神々の深き欲望」のロケ地と知ったからである。しばらくして家族だけでやっている小さな泡盛蒸留所に仕事を見つけた。ほとんど壊れかけた家屋だった。めちゃくちゃ暑いなか、私は毎日、大釜でタイ米を炊き、それをゴザの上にひろげて、麹菌をまいた。それが数日で紫色になるとおおきな甕にいれ、水を注ぐ。2週間もすると、それはぷつぷつと醗酵をはじめ、手ですくって飲むと、ビールのような味がした。それをホースで大釜に仕込み、重油で下から火を加えると原液は蒸発し、ポットを上り、地下の水槽に落ちていく。これが、泡盛である。

作業場の裏では5匹ほどの豚が飼われており、泡盛の紫色の搾りかすが与えられ、いつもピンク色の顔で仰向けに酔っぱらって寝ていた。いまの私と同じである。

1995年だったとおもう。仕事で再び石垣島を訪れた。その撮影ロケは無事におわった。私はデザイナーのS君に「もう1日、石垣島にいようか」と言った。彼は「そうですね」といった。私は昔過ごした川平村にホテルをとった。

夕方、川平に着いた。私はまっ先に、昔働いていた泡盛蒸留所に向かった。そこは小さいながらも驚くほど近代的できれいになっていた。観光客が見学できるような場所になっていた。

次に私は、そこから200メートルほどの当時下宿していた家に向かった。家の前に立つと、「カタン、カタン」という乾いた音がきこえた。芭蕉布を織る音だった。60代の女性が機を織りながら窓越しに私を見て、「あっ!・・・」といった。

我われは家のなかに招き入れられ、お茶をいただき、しばらく、ゆったりと歓談した。なごやかであった。

そして最後、彼女が言った。「さきほどから気になっておりました。たいへん失礼ですが、あなた様はなんというお名前でしょうか」。「ぼくは、ワタネベといいます。いえ、ふつうの名前です」。彼女は、私の名前を失念したとずっと気にしていたようだ。

帰り道、S君が言った。「あの家の前に立って彼女がワタナベさんを見たとき、”あっ、
ナベ!”と言ったのをぼくは聞きましたよ」




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はんぱなく

きょうは、なんだか日本の空気圧がたかいですね。セネガル戦がありますからね。

私は日本の男子サッカーにまったく関心がありませんでした。そもそもJリーグが生まれたときのスターが三浦カズというニセ者でした。ちゃらちゃらしただけの男でした。でも、彼はJリーグの顔になった。これが日本のサッカー界にとって不幸でした。ちゃらいイメージがついた。日本のゴルフ界も、青木、尾崎というあまり上品でない連中が 顔となったために下品になったのです、ゴルフというのは本来上品なものです

日本のプロ野球は、大下、青田、川上という天才はいましたが、観客動員数では大学野球に負けていました。そこに現れたのが長嶋茂雄でした。ショックでした。華々しかったのです。とにかく、カッコよかった。本当のスーパースターだったのです。私の小学校5年生のころだったとおもう。

そして、いっぺんに日本のプロ野球は国民的スポーツとなった。

そしていま、日本のプロ野はつまらなくなった。日本のプロ野球にいま、長嶋はいない。

いまはMLBで、大谷くんの復活を待つしかないですね。                                                                           

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NZ

私がなぜニューランドを好きになり、住んだのか。とにかく、人間がよかったからである。会った人間が、すべてよかった。仕事で何度か訪れるうちにそれを肌で感じた。

日本人はNZもオーストラリアも同じような国だと感じているようだが、まったくちがう。両国を知る私がいう。

それはオーストラリアが1970年代まで掲げていた白豪主義、つまり白人優位主義がいまも根底にある。差別の国である。心理的には、KKKの国である。NZには、それがまったくない。それをこまごま具体的にいう気持ちはないが、両国を何度も訪ねた私の実感である。

そして私が20代前半にカナダの船でオーストラリア人と働いていてそいつに盗みの疑いをかけられ、胸ぐらを掴みあってケンカをしての実感でもある。なぜ彼が私に盗みの嫌疑をかけたかというと、私はその船で唯一の有色人種だったからである。

かんたんにいうと、オーストラリアは差別の国。NZは差別を嫌う国。NZは女性の参政権をみとめた世界で最初の国である。女性の首相は今回で3人目。しかも今回は、妊娠中の女性を首相に選んだ。そして、きのう彼女は女の子を出産し、それを国中が祝福しているという。いまも国会議員の女性率は45パセント以上。

これからは、ああいう公平な国に世界をリードしてほしい。トランプのアメリカではなく。

 

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つげ義春

は、不思議なひとだ。危ないひとだ。

手元に、2014年の6月号「芸術新潮」がある。タイトルは「マンガ表現の開拓者」である。

たしかに、1960年代の末、つげ義春のガロに掲載されるマンガに私たちはやられた。

とくに、「紅い花」「ねじ式」にやられた。

いま読んでも、圧巻である。

いまは競輪場の切符売り場で働いていた妻も亡くなり、引きこもりの50歳くらいの息子と調布あたりの団地でふたりで暮らしているらしい。

世間と断絶しているので、電話代は月に100円くらいだという。

つげ義春は、日本のマンガ史において赤塚不二夫に並ぶとびぬけた天才である。

つげ義春が赤塚不二夫に最後に投げかけた言葉は、「オマエは堕落している」だったそうである。赤塚がそう言っている。

ついでにいうと、「李さん一家」の最終カットは、アートである。

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色即是空


森友加計問題、日大アメリカンフットボール問題、紀州のドンファン殺人事件、ま、よく次々と面白い問題が出てくるものだ。

しかし、すべてが欲と名誉と金にからんだ話であり、ふとシラフに戻ってみると、これはきわめて自然に起きたことではないかとも思われてきた。
人間というのは、すべてそういうものでできているのだ。

もっというと、人間は金とセックスと名誉が好きなんだ。それをわかりやすく、はっきりと実現したのがアメリカのトランプ大統領だ。そういう意味で、バカだけど正直だということで、私はアベよりもトランプが好きだ。

でもこれで米朝首脳会談がうまくいったら、トランプにノーベル平和賞だとか。すごいジョークだ。

1974年に佐藤栄作がノーベル平和賞を受賞したとき、開高健は言った。「ジョークだろう!」あれだけ、ヴェトナム戦争に加担しやがってということだ。

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アメフト

いま問題となっている日大アメフト部の悪質タックルですが、これもモラルに関することです。
戦時中の陸軍と同じ独裁体制です。あるいは組長(監督)が若頭(コーチ)に若いヒットマンを選んで、向こうの組の有望な組員を消してこいという構図です。これは懲役10年以上の犯罪。とても日本的な犯罪であります。これからは日大アメリカンフットボール部ではなく、日大ジャパニーズフットボール部と呼ぶべきでしょう。
もう日大アメフト部を廃部とかではなく、日大を廃校にすべきです。
今後は、日大理事長の田中というヤクザにマスコミの目が向くでしょう。

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夜行性


モモンガとか、ムササビとか、フクロウとか、コウモリとか、カモノハシとか、ナマケモノとか夜行性動物は多い。

私も、その一族である。最近は大谷翔平のメジャーリーグ中継を見つづけているので、朝の5時とか8時に起きることが多い。もちろん録画予約はしているのだが、やはりリアルタイムで観たくて起きることも多い。しかしその日の試合はよく覚えていないし、1日中なんだか調子が悪い。やはり、早起きはカラダに悪いようだ。

生きものには、生きものに合った習性があるようだ。私は子どものころから夜が深まるほど目がらんらんとして元気になった。月光仮面の扮装をして屋根にのぼったりしていた。

朝も、昼も、夜のためにある。

追伸:一日遅れで朝日の夕刊を読むとと、清水ミチコの連載エッセイにこんな言葉があった。「脳研究者の池谷裕二次氏に会う機会があり、なぜ深い時間の方がお客さんは笑うのでしょうか。と、私。あ、それは夜になるほど人間は、モラルが低下するものだからです。と、即答する池谷先生」。ナットク!

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筆洗


東京新聞の名物コラム「筆洗」に大いに共感したので、勝手に以下に転載させていただく。できるだけ、多くのひとに読んでいただきたい。

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 「犬が西向きゃ尾は東」「北に近けりゃ南に遠い」-。いずれも言うまでもないこと、あたりまえであることをたとえる古い言い回しである▼分かりきったことを臆面もなく主張する者への当て付けの言葉。まだまだある。「ニワトリは裸足(はだし)」「親父(おやじ)は俺より年が上」「雨の降る日は天気が悪い」…▼シッポの大きく曲がった犬や足下駄(あしげた)をはいたニワトリが浮かぶ。何かといえば、内閣支持率である▼安倍政権の支持率は先月の調査から1・9ポイント増の38・9%。不支持(50・3%)が上回っているが、加計学園の獣医学部新設問題などで厳しく批判されながら、下がるどころか上昇している▼一連の問題を世間が許しているわけではないことは同じ調査結果を見れば分かる。加計学園をめぐる元首相秘書官の国会答弁に対し、「納得できない」の回答は75・5%。獣医学部新設を認可した政府のやり方を不適切だったと考える人も約七割である。この問題だけで支持率が左右されるわけではないのは承知しているが、ここまで世間を騒がせても支持率増とは「雨の降る日も天気は良い」か▼景気は悪くない。世間には疑わしきことや不届きな言動に目をつぶってでも安倍政権を支持したい空気があることは理解するとしても、「政治家が怪しげなことをすれば、支持を失う」のあたりまえの判断がしにくい日本の政治の現状は寂しい。

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音楽


以前は、日本のポップミュージックがいやだった。ただただうるさいと思っていた。しかし最近、深夜にラジオで聴いていると、そういう曲もなかなかいいのである。昔好きだったザ・ピーナッツや西田佐知子、ザ・タイガースみたいに、こころに響いてくることがある。もちろん、ふだんはクラシックもジャズもロックも聴く。

昨日はボルチモアに住むGから卒論のためにつくった新曲がメールで送られてきた。これが現代音楽で、なかなかシブイ音楽である。

暗い森の中で、宇宙の音に耳を傾けているような気配がする。

音楽とは、何なのか。音楽とは、人類にとって、言葉よりも先に生まれたものであろう。人類が洞窟に棲んでいた頃に生れたリズムとメロデイであろう。

私は最近、どんな音楽も好きになっている。

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小学生の翔平クン


この1月末に大谷翔平にまじかに会ったとき、その大きなからだと漂っているピュアな空気に驚いた。その体型と清潔感にとにかく驚愕した。

いつもニコニコしている顔には、ニキビひとつない。ヒゲ1本生えていない。まるで、背の高い小学生なのである。

きのう、シアトルのセーフィコフィールドでイチローと対面した試合後の会見で大谷は言っていた。
「憧れのイチローさんと会えてすこしリキんでしまいました。小学生が野球教室で、先輩にいいところを見せたいと頑張ったみたいですね」

そうなんだ、大谷翔平はいまも小学生なんだ。野球少年をやっているんだ。だから、彼は美しいのだ。


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アマデウス・オオタニ

 

私は、ずーっとモーツァルトのことを「他の惑星からきた天才だ」と言ってきた。人類史上、最高の天才だとおもってきた。5歳で作曲をはじめ、35歳で夭逝するまであまたの名曲をつくった。ピアノソナタ、ピアノ協奏曲、四重奏、交響曲、オペラなどだが、それらの曲をいとも簡単に書き上げた。いつも白紙の譜面に向かう前に、すでにその曲は頭の中でできあがっていたらしい。たとえばあの傑作オペラ「ドン・ジョバンニ」の前奏曲だが、彼は酒場の賭けビリヤードで酩酊して帰宅した後、朝までに一晩で書き上げたそうである。ふつうの作曲家ならあの前奏曲を書くだけで1年以上を要したであろう。

さて、大谷翔平である。打っても、投げても、MLBのなかでケタちがいである。するとアメリカのマスコミはいっせいに、「他の惑星からきた天才だ」と言いはじめた。大谷のけたはずれの能力を認め、ひれ伏したのである。

この1月末、私は大谷にまじかに会った。つまり、「他の惑星から」ということで、現代のアマデウス・モーツァルトに直接会ったということである。毎日、彼の登場する試合を見ながら祝杯をあげていることをお許しください。

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寿命


最近は後ろを振りかえってばかりいる。自分に前がないからだろうか。

父をふくめての身近の死を想うばかりではない。一緒に暮らした犬猫との過ぎ去りし日々を思い出すと茫然としてしまう。

犬のムー、マリリン、ボゥイ、アインスタイン、猫のモモ、ノビ太、チビ太、みんな15歳くらいで逝ってしまった。犬とか猫のの寿命はそのくらいらしい。それにしても、空しい。

ここ数年、私の友人、知人がばたばたと亡くなっている。その度におもう。寿命ということを。私が明日死んでも、それは寿命なんだろうと。命とは、そういうものなんだろうと。それにしても、寿命とはいい日本語である。寿ぐ命である。いつ死んでもいいということである。

私は明日、倒れてもいい。



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