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記憶

不思議である。昔のことはよく覚えてている。しかし、最近のことはあまり覚えていない。
たとえば、1971年のバンクーバー、チャイナタウン。路地裏のいちばん安い「グリーンドア」という店名もない緑色の壁の店に仲間とよく行った。おもに注文したのはチョップスイだった。あれは、何だったのだろう。アメリカ風中華皿ともいうべきものだった。うまくもなく、まずくもまなく。右側のジェフという男が私の箸のつかい方をまねるので、オレの箸のつかい方は間違っているのでやめてくれといったのは覚えている。
ところがである。昨日、札幌の妹と電話で大声で笑って話したのだがその内容をまるで覚えていない。
記憶というのは、どういうものであろうか。

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バカの末路

飲みたいときに飲む。食べたいときに食べる。寝たいときに寝る。そういう自堕落な生活を数10年以上つづけている。

その末、足がよれよれになって、眼もかすんできた。糖尿病と肝硬変のせいであろう。

とりあえず、今週中に眼医者に行こうと思う。

しかしその反対に、酒も飲まず、マジメに生きる人生があったのだろうかというと、やはりなかったと思う。

それは、生まれつきもった性格だと思う。

私は登山への情熱も激しかったし、釣りへの情熱も激しかった。恋愛のしかたも激しかった。

いまも、朝から晩まで激しく飲んでいる。タバコも毎日、40本は吸っている。

バカは死ぬまで、なおらない。

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再会

最近、夜中にNHKのラジオ深夜便を聴いていると、ときが変わるときにBIGINの「バンドを組もうよ」という曲が流れる。これが、とても自然で、いい曲なんだ。
歌というのはやはり、自然に、3分くらいでできたものがイイのでしょうね。ボブ・ディランの「風に吹かれて」も、ジョン・レノンの「イマジン」もそうでした。
イイものは一瞬に生れるのです。アインュタインの相対性理論もおなじでしょう。

この春、NZから東大大学院の物理学科に奨学制度留学したジェームズが来日した。彼はGとNZの小学校で学業の唯一のライバル同士だった。そして、最高の親友だった。彼の両親は共に大学教授で、わが家と家族ぐるみのつきあいだった。NZを去る前の夜も来てくれた。ジェームズはGの名前を呼びながら、ずーっと泣きじゃくっていた。

Gはこの5月にアメリカ東海岸ボルチモアののジョンズ・ホプキンズ大学の大学院修士課程を卒業し、7月に帰国した。彼らは東京で、10数年ぶりに再会した。
ときは流れたが、ずいぶん意気投合したようだ。いっしょに、原宿や横浜の中華街にでかけたという。

ふたりとも、めちゃくちャハンサム。


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秋田県立金足農業高校

いよいよ本日午後2時、決勝戦です。
公立の農業高校が、甲子園100回記念大会の決勝戦に臨むのです。相手は甲子園常勝校。
酒をずいぶん飲みましたし、睡眠導入剤も2錠のみましたが、昂ぶって眠れません。
そして、また飲んでます。空はしらじらと明けてきました。
しかし、3日前の2ランスクイズ。あんな見事なプレーは見たことがありません。
きょう私は嬉し涙をながすのでしぅようか、それとも悔し涙なのか。
たぶん、私は嬉し涙をながすことでしょう。
カナノウ、ガンバレ!

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ア、秋

といえば太宰治の短編だが、作朝起きて、ドアを開けて新聞をとろうとすると乾いた空気を感じた。
「ア、秋」
いいですね、久しぶりに爽やかな風を感じた。
これからまた暑い夏がぶり返すのでしょうが、ま、とりあえず数日は過ごしやすいのでしょうか。

それで、昔ふと北海道の小樽の食堂で卵焼きにソースをかけている若い女性がいたことを思い出した。
なぜ醤油ではなくソースなのだろうか、と私は頭がくらくらした。

そういうくだらない記憶で、人生はできている。

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セイショクシャ

 【ニューヨーク=橋本潤也】米東部ペンシルベニア州のカトリック教会で、70年間にわたり300人以上の聖職者が子供への性的虐待に関与したことが、州大陪審が14日に公表した報告書で明らかとなった。被害者は少なくとも1000人に上るという。報告書は、教会が虐待を行った聖職者をひそかに別の地域に異動させるなど、組織的な隠蔽(いんぺい)を行っていた実態も指摘した。

 報告書は同州の八つの教区のうち6教区を対象として、1947年から現在に至る教会の内部文書や被害者からの聞き取り調査を基に作成された。内部文書は計50万ページにも及び、調査には2年かかったという。

 報告書によると、被害を受けた子供はほとんどが男子で、多くが思春期前だったという。虐待に関与した司教や大司教、枢機卿などの高位聖職者の責任が問われることはなかった。教会は虐待に関与した聖職者に住宅や生活の保障を続け、異動する際にも、理由を公表しなかったという


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人間とは、こういうものだ。宗教とは、こんなもんだ。

聖職者とは、性職者と呼ぶべきであろう。


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放哉


屁をしても一人

あたし、あの句が好きなの。もう35年くらい前だろうか。当時つきあっていた女性が

ふふっと笑いながら言った、

私はこたえた。ただしくは

咳をしても一人

作者は尾崎放哉。

しかし歳月を経ると、そのまちがったほうの句を色濃くおもいだすのである。

この句に関しては、種田山頭火も、烏が鳴いても一人、と借句している。


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ガツン!とスコーン!


松井秀喜のホームランは、ガツン!とかグシャ!という音が聴こえるような感覚だった。翻って、大谷翔平のホームランはスコーン!という感覚である。ホームランバッターにも個性があるということであろう。

文章にも似たようなことがいえるかもしれない。ガツン!とくるのは中上健次かもしれない。スコーン!とくるのは沢木耕太郎だろうか。

私はガツン!もスコーン!も好きだが、自らの文章をふり返るとスコーン派かなとおもう。平明でわかりやすい文章が好きだから。その理想像は井伏鱒二かな。

人生にも、ガツン!派とスコーン派があるのかもしれないと、夜中にふと考えた。

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ローン・ウルフ

日本人は、とかく群れたがる。
都内の酒場で5人ほどの男たちが飲んでいたときの会話だという。


「オレたちってさぁ、みんな一匹狼だよな」

「うん、カメラマンだ、デザイナーだ、イラストレイターだ、とみんな一匹狼だ」

「一匹狼で生きるって、覚悟がいるんだよな」

「なんせ、どこにも属さずに生きていくんだからさ」

「オレたち、群れるのがきらいだからさ」

「よし、このメンバーで『一匹狼の会』をつくろうぜ」

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猛暑

先週、知人から私の熱中症を心配して、その対処商品がダンボール箱で送られてきた。
経口保水液とかお粥とか缶詰とかである。ありがたくて、涙がでる。

私は去年1回、熱中症を患っている。エアコンを止めて寝たら、全身汗だらけで目が覚めて、ベッドに人型の汗模様ができていた。足もと、ふらふら。

若い頃は恋の熱中症をずいぶん患ったものだが、それは過去のこと。ま、とにかくいまは、エアコンをつけた部屋に終日閉じこもっている。籠城ともいえようか。

しかし、こんな猛暑というか酷暑の東京で2020年にオリンピックを開催して大丈夫なのか。殺人オリンピックになるんじゃないのか。アベの頭ではそこまで考えが至らなかったのだろうけれど、本来なら五輪誘致を返上するべきだった。

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無題

昨夜、午後7時のニュースを見たおぼえはあるが、そのあとの記憶がない。KOされたボクサーのようにベッドにたおれた込んだ。夢も見なく、目覚めたのは午前2時頃だった。NHKのラジオ深夜便にスイッチを入れると。BIGINの「なだそうそう」が流れていた。そうか、彼らが石垣島に生れたころ、たぶん私は石垣島に暮らしていたのであろう。

石垣島だって、1975年頃とはもうずいぶんかわっているだろうな。それは自然なことだ。私は昔の石垣島も、いまの石垣島も愛す。

何かを書こうとおもって書きだしたのだけれど、それが何かを忘れてしまった。頭が弱くなったのか、酔いのせいなのかはわからない。

あ、そうだ。つげ義春の名随筆「貧困旅行記」のことだった。これは、またいずれ。



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日本のジャーナリズムというのは、なぜ真実をずばりと書かないのだろう。アベ夫妻の犯罪をなぜずばりと書かないのだろう。彼らは刑務所に入って当然の罪を犯しているのにである。

卑近な例でいうというと、紀州のドン・ファン事件である。誰がみたってあれは若妻である高級売春婦による殺人事件である。その若い売春婦を手配した連中がいたわけで、警察はもちろん彼らの足どりを追っているであろう。そこに元高級売春婦のデヴィ夫人がからんでいるのも面白い。そして、愛犬イヴの怪死。そこに、家政婦はミタだからさらに面白い。

日大アメフト部の事件だって、理事会のトップまで追いつめても解決できないであろう。闇はもっともっと奥深い。「日大コンツェルン」という想像もつかない大きな組織の闇である。そこには、巨大な利権がうごめいている。日大は、丸ごと廃校にしたほうがいい。

私は世俗的なゴシップが好きである。なぜなら、人間学としてはそれがいちばん面白い。

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満月

きょう、西の空に、満月がまんまるに笑っていた。

昔、Gが2歳のころだったと思う。彼は月を見るのが好きだった。ある日、ふたりで近所の坂に座って月を眺めていた。

おおきな月が天上にあった。そこに、ゆっくりと雲がかかってきた。月が隠れていく。

Gは言った。

「おつきさん、おふとんかぶって、ねんね」

詩とは、こうして生まれるものかと私は実感した。



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石垣島

1975年頃だったとおもう。私は品川からフェリーで沖縄の那覇に渡った。25歳くらいだったとおもう。仕事を探したがなかったので、すぐに石垣島に渡った。

島の裏側にある川平という集落にたどりついた。私の好きな映画「神々の深き欲望」のロケ地と知ったからである。しばらくして家族だけでやっている小さな泡盛蒸留所に仕事を見つけた。ほとんど壊れかけた家屋だった。めちゃくちゃ暑いなか、私は毎日、大釜でタイ米を炊き、それをゴザの上にひろげて、麹菌をまいた。それが数日で紫色になるとおおきな甕にいれ、水を注ぐ。2週間もすると、それはぷつぷつと醗酵をはじめ、手ですくって飲むと、ビールのような味がした。それをホースで大釜に仕込み、重油で下から火を加えると原液は蒸発し、ポットを上り、地下の水槽に落ちていく。これが、泡盛である。

作業場の裏では5匹ほどの豚が飼われており、泡盛の紫色の搾りかすが与えられ、いつもピンク色の顔で仰向けに酔っぱらって寝ていた。いまの私と同じである。

1995年だったとおもう。仕事で再び石垣島を訪れた。その撮影ロケは無事におわった。私はデザイナーのS君に「もう1日、石垣島にいようか」と言った。彼は「そうですね」といった。私は昔過ごした川平村にホテルをとった。

夕方、川平に着いた。私はまっ先に、昔働いていた泡盛蒸留所に向かった。そこは小さいながらも驚くほど近代的できれいになっていた。観光客が見学できるような場所になっていた。

次に私は、そこから200メートルほどの当時下宿していた家に向かった。家の前に立つと、「カタン、カタン」という乾いた音がきこえた。芭蕉布を織る音だった。60代の女性が機を織りながら窓越しに私を見て、「あっ!・・・」といった。

我われは家のなかに招き入れられ、お茶をいただき、しばらく、ゆったりと歓談した。なごやかであった。

そして最後、彼女が言った。「さきほどから気になっておりました。たいへん失礼ですが、あなた様はなんというお名前でしょうか」。「ぼくは、ワタネベといいます。いえ、ふつうの名前です」。彼女は、私の名前を失念したとずっと気にしていたようだ。

帰り道、S君が言った。「あの家の前に立って彼女がワタナベさんを見たとき、”あっ、
ナベ!”と言ったのをぼくは聞きましたよ」




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はんぱなく

きょうは、なんだか日本の空気圧がたかいですね。セネガル戦がありますからね。

私は日本の男子サッカーにまったく関心がありませんでした。そもそもJリーグが生まれたときのスターが三浦カズというニセ者でした。ちゃらちゃらしただけの男でした。でも、彼はJリーグの顔になった。これが日本のサッカー界にとって不幸でした。ちゃらいイメージがついた。日本のゴルフ界も、青木、尾崎というあまり上品でない連中が 顔となったために下品になったのです、ゴルフというのは本来上品なものです

日本のプロ野球は、大下、青田、川上という天才はいましたが、観客動員数では大学野球に負けていました。そこに現れたのが長嶋茂雄でした。ショックでした。華々しかったのです。とにかく、カッコよかった。本当のスーパースターだったのです。私の小学校5年生のころだったとおもう。

そして、いっぺんに日本のプロ野球は国民的スポーツとなった。

そしていま、日本のプロ野はつまらなくなった。日本のプロ野球にいま、長嶋はいない。

いまはMLBで、大谷くんの復活を待つしかないですね。                                                                           

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