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女性崇拝

人間とは凸と凹だとおもっていた。愚かだった。
この年になって、やっとわかった。遅かったが、やっとわかった。

男と女、やっぱり女性のほうが上です。やっといまごろ、そのことに気づいた。遅すぎた。男はバタバタしてるだけ。

男も女も、女から産まれる。男はそこにすこし介入するだけです。

女性、バンザイ! きょうは元女性アシスタント羽賀さんの50歳の誕生日。

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移る


いまの15年住んだ都立大から横浜方面に引っ越すことになった。ま、東横線を西にすこし動くだけだ。
一昨日、その小さな部屋を見て即決した。リビングからの眺めがよかった。そのアパートは丘の中腹にあり、眺望がスコーンと抜けている。気がよかった。
駅まで徒歩14分だが、足腰のためにもよいとおもう。

住む場所を移すということは、からだを移すということであり、こころを移すということでもあろう。

この年で引っ越すというのはほんとうに面倒くさいが、本もオーディオもCDも服もほとんど断捨離してすがすがしく出なおしたいとおもう。起きて半畳、寝て一畳だ。


あたらしい暮らしがたのしみである。

知らない町を歩く、どんどん歩こう、こころはどう動いていくのであろうか。




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紙一重

2週間ほど前、従兄の病院でMRI検査と採血をした。そんなに悪い結果ではなかった。

しかし、2年前に頭を打って手術をしたときの内臓のデータよりはかなり悪くなっているという。だから、自分の知りあいの医者がいる、最先端のMRI設備のある病院で再検査を受けた方がいいと従兄はいう。
で、先日その病院で診てもらった。

私は、「末期の肝臓がんです」と言われるとおもっていた。覚悟していた。自業自得。何十年もそういう生活をしてきたのだから。

しかしである。がんではなかった。モニターを見ながら医者が説明するには「アルコール性の脂肪肝になっていますね」だけだった。肝硬変にもなっていなかった。すい臓の管にすこし細くなったところがあるので、そこをもう一度検査しましょうということだった。

なんだか、拍子抜けだった。節制して生きて、がんになる人もいる。私のように自堕落に生きて、まだ生きている人間もいる。申しわけないような気もする。

生きるも死ぬも紙一重、だとおもう。

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愛こそすべて

生きるとは、食う、寝る、出す、考える。

たぶん、そういうことであろう。

それ以上でも、それ以下でもない。

作家の深沢七郎は、人生なんて屁のようなもんだといった。

しかし、それだけでもないだろう。

それ以上のものがあるはずだ。

私はそこまでアナーキーにはなれない。

愛するもの、慈しむものがあるはずだ。

愛こそすべて。


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誰かの音を聴いている

未明のいま、バッハのパルティータを聴いている。ピアノはグレン・グールド。神の音楽である。こころのまんなかをつらぬく響き。

私は近いうちに引っ越しすることにした。迷ったのは、大きなオーディオである。でかいスピーカー2台に2台の真空管アンプ。どちらも重い。かなりのヴィンテージものだが、ネットで売ってもしょせんしれたものだ。
だったら、Kにすべてを譲ろう。1000枚ほどあるCDも一緒に。彼女のいまの家は広い。私はここらで人生を一回清算したい。

しかし思う。こんなどっしりとした音を出すタンノイという英国製のスピーカー、そして日本のラックスマンという真空管アンプの根性メーカー。会ったこともない、まじめな職人が丹精込めて作ったのだろうなと思い、しばし立ちどまるのである。

誰かが作った音を私は聴いている。素晴らしい音を。

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脳味噌


昨日、多摩プラーザにある従兄の脳神経外科病院にいった。最近の私のよれよれぶりを見てGが心配し、予約をいれて私をつれていった。ちなみに従兄のI・Kは週刊誌で日本の名医として脳神経外科部門でトップ5に選ばれている。
頭部のMRIをとり、Gと一緒にモニターを見た。従兄のKががモニターを見ながら説明するには、脳味噌に隙間がふえている。「原因はたぶん酒でしょう」という。「しかし、酒はやめられない人にはやめられないんだよね。神川県に鉄格子のついた断酒病院があるが、どうしてもやめたかったらああいう施設に入るしかないんだよね」
そのあと従兄が採血しながら、「最近は小説を書いてるの」と訊いてきたので、「いや書いてないんだよね」とこたえた。うしろでGが、「あんなに頭がスカスカだったら書けるわけないじゃん」とつぶやいた。私の答えはこうだ。「じゃあ脳味噌がぎっしりつまった東大教授に小説が書けるか。脳味噌なんか、ある程度スカスカな方が世間や人生が見えるんだ」

「古今亭志ん生なんか、その典型だ」といっても、Gにはわかんないだろうが。

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オナラ


最近、よくオナラがでる。1日に、30発くらいであろうか。プーとかブーとかププーとかバフーンとかその音色はさまざまである。どちらかというと明るく澄んだ音が多い。おおむねヘ長調だ。

こんだけたくさん放屁するというのは健康なのか、あるいはそうでないのか。

放屁といえば思い出すのは太宰治の「富嶽百景」。ここからは記憶で書くのだが、太宰が井伏鱒二と山梨県の三つ峠に登ったときのことを書いたものがあり、そこに「山頂で、井伏さんは木の株に座って煙草を吸いながら放屁されました」という一文がある。後に井伏は「あれは太宰君の創作であり、僕は放屁しておりません」といっている。

私は太宰の中期、この幸せなころのユーモア小説がいちばん好きである。

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新年

あけました。といっても、とくにおめでたいことは何もありません。

ニュースといえば、友人のSが咽喉がんになったことを賀状で知ったことだけです。彼と私はほぼ同い年で、私と同じように酒のみで、ヘビースモーカーです。
昨日、彼に電話をしたら、元気だった。ただ、声がかわっていた。

開高健、赤塚不二夫、勝新太朗。そして私の友人たちは、すべて喉のがんにやられた。酒と煙草。つまり、快楽がん。なぜ、私が、いまだにがんにならないのかわからない。

酒と煙草の日々、ゆっくりとした甘美なる自殺である。

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今年の感動


スピードスケートの小平奈緒。2位の韓国人選手を抱きしめたシーンに泣いた。
そして、大谷翔平。毎朝、彼の投げる姿、打つ姿に生きる希望をもらった。
さらに、スーパーボランティアの尾畑春夫さん。3日間行方不明だった子どもを20分で探しだした。赤い手拭いを頭に巻いた姿は、レオナルド熊にそっくり。カッコイイ。


来年も、そういう感動があるといいですね。

では皆さん、よいお年を。

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ふりかえって


生きていたら、いろいろある。しかし、考えたら人生はたのしむことが一番ではないか。おくらばせながら、そうおもった。

20代の頃は、月収5万円でもとてもたのしかった。それが30歳を過ぎて、いきなり月収200万とか300万以上になるとあまりたのしくなくなった。こんな贅沢を求めていなかったのにと思った。年に数回、東北に釣りに行くだけでよかったのに。

そして50歳で、4年半ほどだがニュージーランドに移住した。これは、とてもいい体験だった。素朴な生活だった。庭に川が流れる家に住み、友人のウィリーと何度もなんども巨大な鱒を釣りに行った。

いま70歳ちかくなり、また極貧の暮らしである。自業自得。でも、酒を飲んで、音楽を聴いて、本を読んで、たのしく生きてぽっくり死ねたらいいと思っている。ただ、そのとき身内に迷惑をかけることを考えると忸怩たる思いである。

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慶賀


きょうは、天皇誕生日。皇居には一般参賀に8万余の人々が集まったという。

集まった人々は、右翼ではない。愛国者である。国を愛する人は、どの国にもいる。自分の国を愛するのは、きわめて自然なことである。けっして排他的ではない。これは右翼ではない。

私は天皇陛下のファンであるが、また美智子皇后のファンでもある。日本一美しい女性だとおもっている。これは60年来変わらないおもいである。

小学校の6年生くらいの頃だろうか。玄関に号外が入っていた。皇太子と美智子さまの婚約だった。

その写真で見た美智子さまのあまりの美しさに、私はおもわずその写真にキスをした。
そのときお手伝いのマキさんが、廊下の奥からでてきて「なにしてるの」といった。

私は自殺したくなるほど恥ずかしかった。家政婦は見てたのね。

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知る


ものを知ることは、はたして良いことなのか。私は、ときどき立ちどまる。

いま、私はラジオでアフリカの音楽を聴いている。大地から涌きでるような音楽である。自然で力強い。
一方、身内のGはニューヨークとボルチモアの大学で本格的なクラッシック音楽の作曲を勉強した。

さて、どちらが本来の音楽にちかいのか。私はおおいに迷うのである。本質と進化のちがい。

たとえば、詩人田村隆一の言葉がある。「言葉なんかおぼえるんじゃなかった 言葉のない世界 意味が意味にならない世界に生きてたらどんなによかったか 言葉なんか知らなければよかった」

わが身を振りかえり、おおいに迷うのである。


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800回


いつの間にやら、当ブログも800回目を迎えていた。だらだらと書きつらねてきた文章におつきあいくださった皆さんにただただ感謝多謝。
その区切りとして、過去の記事からひとつを下記に再録させていただきます。

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ありがとう


先ほど、NHK-BSで「いきものがかり」のライブコンサートを見た。そのアンコールでの「ありがとう」という歌がやはりよかった。こころが洗われた。

10年ほど前である。身内のGが9歳にして5年ぶりにニュージーランドから日本に帰ってきて住むことになった。しかし、彼は日本に住むことに大いなる不安をいだいていた。その要因は日本語がつたないことであった。彼は街じゅうにあふれる日本語の看板におののいた。あれは何て読むの? と訊かれるたびに、私は「小野不動産」とか「木村工務店」とか「吉野家」などと読んであげた。すると彼は、「スゴイ!」というのである。何で、そんなにかんたんに読めるのというのである。たぶん彼にとって、東京の街じゅうにあふれる看板が、我われにとってのアラビア文字のように見えたのであろう。わからない文字看板にかこまれた不安。一種のパニック。

そのとき、私は言った。「そのうち慣れるサ。読めるようになってもいいし、読めなくてもいい。ただね、日本語はひとつだけ覚えておけば大丈夫だよ。‶ありがとう″。意味はわかるね。日本語でいちばんいい言葉だ。‶ありがとう″、そのひと言でじゅうぶん」

それ以来、Gは会話の最後にかならず「ありがとう」と言うようになった。「水を飲む?」と言っても、「うん、ありがとう」

そのGが一昨日、ニューヨークから帰ってきた。成田に迎えにいった。19歳、かの地の大学で、クラシック音楽の作曲を勉強中。成田の到着ゲートで待っていたら、肩までの長髪であらわれた。
似あっていた。つよくハグした後、「その髪、かっこイイじゃん」と言ったら、彼は

「ありがとう」と言った。


2013-12-30

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レノン


Kのところに家族がふえた。雑種の犬。先月、千葉の捨て犬、捨て猫の保護施設に行き予約して、昨日受けとったとのこと。名前は、ジョン・レノンからとってレノン。

メールで写真が送られてきたが、白と黒のブチでめちゃくちゃハンサムな中型犬。。雑種ならではの聡明さが目に出ている。犬も猫も人間も雑種がとにかく頭がいい。血が濃くなると、ちょっと弱くなるんですね。
ずいぶんおとなしい子犬だときいていたので心配していたのですが、家に連れてきたらやたらヤンチャで暴れん坊。これは将来がたのしみです。やはり捨て猫だったアビタとジェシーは、すこし離れたところからレノンをじっと見ているとのこと。1種間で家族になることでしょう。

なんだかホッコリして、10日ぶりに風呂に入った。ビールも焼酎もいつもよりすすんだ。ちいさな幸せ。 

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アル中

先日、小田嶋隆というコラムニストの書いた「上を向いてアルコール」という面白い本を読んだ。彼は20年以上前にアルコール依存症になり、病院で治療をうけ、その地獄からはい出したという。

その顛末をたんたんと述べている本なのだが、そのたんたんぶりが面白い。「ぼくはもともと酒が弱いんですよ。でも、朝から晩までだらだらと飲みつづけていたんですね」「そうすると、何も食べられなくなる。しまいには、水も飲めなくなる。けっきょく、そのたびに近くの病院で点滴を受けるしかないわけです」「最後に、赤羽のアル中治療の名医を知って、治してもらったのです」「アルコール依存症なんてかったるい言葉をつかっていたらダメなんです。アルコール中毒、アル中なんです」「ぼくは、もう20年間酒を飲んでいません」

わが身を振りかえり、いろいろと思うところがあった。私の場合は10代からいままで、いくらでも酒が飲めた。酒が強いということが、いまの自堕落な自分をつくっているのだろう。そうつよく反省した。

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