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横浜に越して、すでに4か月。いやはや、すっかり引きこもり老人である。
 
というのも、アパートを出て前後左右どちらの方向にいっても坂なのである。不動産屋の車で案内されたときは、ここまでサバイバルなところだとは思っていなかった。車を使っているひとにとっては何とかなるだろうが、徒歩の人間にとってはトホホである。スーパーに買い物に行くにしても一大決心である。とにかく長い坂を降りなくてはならない。帰りはその坂をぜいぜいいって上らなくてはならない。最近はそのスーパーから商品を宅配してもらうようにしたので少しラクになったが。


昨日、Gがアメリカに戻った。今回はボストンでのミュージックカンファレンスに自作を携えて参加するという。その前後にニューヨークとフィラデルフィア、バルチモア、最後にロスアンジェルスで友人たちと会うという。すべて大学、大学院時代の友人である。うーーーん、そういうもんなのかアチラは。いいんじゃないか。急な坂がなければ。


あ、あと忘れていたけれどBSのNHKでときどき世界の空港に置かれたピアノを自由に弾かせる番組があるでしょう。あれはもともとマンハッタンではじまったパホーマンスなのだが、それが世界中の空港に広まった。

Gに訊くと「みんなヘタすぎるよ」と笑う。「じゃあ、おまえはどうなんだ」と訊くと、「マンハッタンの真ん中で演奏したことがあるよ。うーん、けっこう受けたんじゃないかな」という。なーんだ、やってるじゃないか。





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俺達に明日はない

老後に2000万円必要だとかなんとか。そんなこと30年前からわかっていたことじゃないか。いまさらジタバタしても、しょうがないんだよ。

俺達は、野垂れ死にするしかしかないのだよ。それでいいじゃない。

深沢七郎作「楢山節考」の山に捨てられる老婆は、たしか数えで70歳だったとおもう。

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回復


また、やってしまいました。朝起きて、PCを開けてビールを飲みながら見ていたら、キーボードの上にビールをがっつりぶっかけました。もう、何度目の愚挙か。そこで、キーボードは終わり。1か月ほど前のことです。


しばらくして、新しいキーボードを買ってきてつないだ。すると、今度はネットがつながらくなった。どうやってもダメ。もうぶうたれて放りだしていた。ネットにつながらないと、メールもブログもネット記事も全部ダメ。


しかし、一昨日知人が私のところに立ちよって、2分でネットにつないでくれた。いやあ、ありがたかった。ブログがあまりに更新されないので、渡辺死亡説も囁かれているという噂をきいてい たからである。

ご心配をかけてすみませんでした。また、徐々に復活いたします。

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広告をやめよ

昨日、大谷翔平が復帰後最初のホームランを打った。今年は30本を越えるだろう。大谷は、いまや私の生きがいである。きょうも朝早くから起きて、テレビを見ている。去年との違いといえば、「顔」であろう。去年はいつもニコニコしていた。インタビューでも笑っていた。しかし、今年はちがう。無駄に笑わない。インタビューでもシビアな表情である。たぶん、メジャーリーグの本当のきびしさを知ったのであろう。顔が真剣である。世界最高峰の野球を肌で実感したのであろう。つまり彼は少年野球の野っ原での野球から、もう一歩踏みだしたのである。

ひるがえって、日本のプロ野球である。いま私は、まったく興味がない。メジャーの野球を見たあと日本のプロ野球を見ても、なんとも小さく地味なのである。それよりも野球をとりまく環境の貧しさである。球場のフェンスにあふれる広告。とくにキャッチャーのうしろにベタベタ、ギラギラとあふれる広告。目立とうとして赤や黄色がほとんど。目がくさりそうである。とくにひどいのがソフトバンクと楽天。おまえら本業でしこたま儲けているだろう。年間100万円とか1000万円単位でせこい稼ぎをするなよといいたい。メジャーの球場の美しさを見習いなさい。

けっきょく、野球というスポーツへのリスペクトのちがいですね。


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五月晴れ

ベランダで 洗濯物が 青い風にそよいでいる

踊っている 歌っている

まるで音楽を奏でているようだ

そこには銃声もなく 爆音もない

パレスチナや イスラエルや シリアとはちがう

なんて平和な風景なんだ

パンツもTシャツも ひらひらと

5月の風にそよいでいる

1千年の世をかえりみると

この一瞬は かなり奇跡的な平和であろう

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平成から令和へ

昨日の夕方ラジオを聴いていたら、あの赤鉢巻きスーパーボランティアの尾畑春夫さんの電話インタビューがながれてきた。


「あのう、あと数時間で平成から令和になりますが、尾畑さんはそのときをどうお過ごしになりますか」


「ああ、ぜんぜん関係ない。きのうと今日と明日とあさっても同じさ。オレと関係のないことだもの」


健全だなあ。ワイルドだなあ。アナーキーだなあ。



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歯が抜ける


いま、右奥の歯と左奥の歯、そしてその横の歯がぐらぐらと抜けかかっている。すこし痛いけれど、抜けたかったら抜ければいいんだ。寿命なんだから。

こういうことは、自然現象ですから。動物は歯医者に行きませんよ。

昔、モロッコの広場で見た歯医者は目のまえのゴザに抜いた数100本の歯を並べていた。そして小椅子に座った患者の歯をいきなりペンチで引っこ抜いていた・患者のオヤジは口から血を流しながら泣いていた。あとはうがい薬でゆすぐだけ。ワイルドだろう。

歯というのは、弱るもんさ。


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三ツ星


越した先でうまいラーメン屋はないかとネットで探した。2軒が見つかった。先日、その1軒に行ってみたが今風の店だった。

きょう、もう1軒を訪ねてみた。最寄りの駅から徒歩2分。まったく地味な街の中華料理屋。のれんには、白地に赤で中華と書いてあるだけ。テーブル3席にカウンター席が6席ほど。ビールをたのみ、店内を見渡す。60代のおばちゃんがひとりで厨房を切り盛りし、70代のおばちゃんがサービスしている。客はたぶん全員地元の人間ばかり。常連客がとぎれない程度にぽつぽつと入ってくる。昭和の街の中華料理屋だ。

これはいいぞ。いま私が越したところは横浜中華街まで電車ですぐなのだが、わざわざ有名な店に行くのはあまりおもしろくないものだ。

私はこういう街のふつうの中華料理屋をもとめていた。ラーメンと餃子と炒飯があって、昼下がりにビールをのんびり楽しめる店。

行きつけの店を見つけた。味もわるくなかった。見つけた。



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お金

キャシュレスだとか、電子マネーだとか、カード決済だとか、まったくわからない。

支払いは、現金でいいのではないか。

もともと現金だって、意味のないものだけれど。

お金ほど意味のないものはないのだね。

しかし、お金は残念ながら意味をもっているんだね。

お金のない世界になったら、どんなにさっぱりするんだろう。

そんなことを考えた。

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フォアグラ


フォアグラはちゃんと料理したら、正しくいうと料理をしすぎなかったらたしかにうまい。フォアグラというのはガチョウやアヒルに無理やり食料をあたえて肥大化させた肝臓である。残酷な話だが、とてもおいしい食材である。

それを最高レベルでがんがんたのしめる店が東北の奥地にあるという話を聞いたので、私は先日その地を訪ねることにした。まだ雪深い寒村であった。知人に教えてもらったその店は、村で一軒の古びたラーメン屋のような店であった。私がその店の暖簾をくぐったのは夕方の6時くらいだろうか。まだ日のあかりが残っているころである。

私は店の奥の小さなデコラのテーブルに座り、とりあえずビールをたのんだ。まわりでは村のオヤジたちが日本酒や焼酎のグラスを傾けながら、「うめぇな、うめぇな」といってフォアグラの軽く炙ったものを箸でつまんで口にはこんでいる。それはまるでホルモン屋でレバを食べているオヤジたちと同じ景色だった。私はオバサンに日本酒をたのみ、「皆さんの食べているあれと同じものを」とたのんだ。「あぁ、肝焼きかい」という返事だった。

運ばれてきたそれは、まさに絶品だった。私が30年ほど前にフランスのリヨン郊外、当時世界一のシェフと称されていたベルナール・ロワゾーのレストラン「コート・ド・オール」で食べたフォアグラのソテーに遜色ない味だった。ロワゾーはフライパンにのせたフォアグラにさっと甘口の白ワインをふりかけてころがしただけなのだろう。なにしろ「水の料理人」といわれたくらいだから。そのくらいシンプルなものだった。

この店の主人もたぶん、火のついたフライパンにフォアグラをのせ日本酒をさっとふりかけてころがしただけなのだろうとおもった。それにしても、これだけのフォアグラをガチョウやアヒルを飼育し自分でつくっているのだろうか。とおもって店主の顔をみたが、50代の禿げかかった素朴な顔の男である。不思議である。

私はこの数年、東京を出たことがない。そのせいか、食の妄想はひろがるばかり。

きょうは、4月1日。

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ちょっと斜めに


30年ほど前だとおもう。
ロンドンの中心部にあるホテルのロビー。私は開高健さんと一緒にいた。スタッフの女性が10個ほどのハンチィング帽を買いそろえてきた。撮影用である。選んでくださいという。私は横で見ながらひとつを指さし、「あ、これイイですね」と言った。開高さんは「ああ、そう。それ、キミにさしあげます」
「ただハンチンングはね、片一方をちょっと斜めにかぶった方が粋ですよ」とつづけた。

いま、私はそのハンチングを斜めにかぶり、グラスを片手に当ブログを書いている。

私はすでに世の中を斜めに見ている。

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ナッシング

 20代に放浪生活をつづけていたときに自覚したのは、「ナッシング」だった。けっして「シンプルライフ」というようなオシャレなものではなかった。

これは体験した者しかわからないかもしれない。スペインンの片田舎の橋の下のゴミ捨て場に寝袋で野宿した者にしかわからないかもしれない。朝、目が覚めたら、横に野良猫や野良犬がいるのだから。

そしていま私は、ナッシングとシンプルライフの中間にいる。ぐるっと回って、振り出しに戻った。

ま、最初の東京生活は3畳間の下宿でしたから。

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移りました


横浜近郊に引っ越して、10日がたった。
越してみると、やたら起伏の多い土地で、足がよれよれである。1昨日は近所で迷子になって、2時間ほど坂道を上ったり下りたりした。背中のリュックには坂の下のコンビニで買った焼酎とビールががっつり入っていて重いのなんの。よれよれ。

きょうやっと、ネットがつながった。大汗かいて、配線に1時間半。ITの世界はまったくわからないが、これはこれで必要なのかもしれない。イヤだけど、つきあわらずを得ない世界に生きているのだから。でも、本当はそういう世界とは関係なく生きたいとおもっている。

きょうは引っ越し10日目で初めて部屋を掃除し、10日ぶりにシャワーを浴びた。しかし引っ越し疲れはつづき、いまだボーッとしている。ま、いずれそれも直るとおもいたい。

しかし引っ越しというのは体の移動だけではなく、心の移動でもある。おおいに疲れる。私はいまの移った町をまったく知らない。ほとんど外国に移住したときの気分である。しかし若いときとちがって、好奇心よりもしんどさが大きい。

いまのところイイ体験は、駅の近くに、ずいぶんいい蕎麦屋を知ったことぐらいか。せいろが絶品。

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ランドセル


以前から不思議におもっていたのだが、日本の小学生はなぜあんなに重いランドセルを背負って学校に通うのだろうと。
今朝の朝日新聞天声人語によると、ランドセルでの通学は明治の半ばに学習院で始まった習慣らしい。しかも、いまは1個5万円くらいするらしい。とうぜん、それを買える子と買えない子の格差がうまれる。いやはや。匿名のタイガーマスクによる寄贈などという美談に拍手をおくっている場合ではないのである。

Gの通っていたニュージーランドの私立小学校では、ナップサックだった。教材は教室に置いたまま。家に持ち帰るのは、空の弁当箱とその夜に読む本だけ。合理的だった。それで、ニュージーランドの小学生の読書量は世界でつねに3位以内だった。子どもというのは弁当を食べて本を読んでいるだけでいいのである。

持つ者と持たざる者、それは子どもの頃に大きく左右される。



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うまかった

昨日の午後、世田谷の羽根木、アートディレクターKの事務所で打ち合わせ。久々に会ったKはあいかわらず元気だった。仕事の話は30分で、あとはアハハと笑いながらの雑談だった。これがたのしいのである。どうでもいい話ほどたのしいものはない。お互いに生きもの同士の生命力をはかりながらであるが。

帰り道、氷雨が降るなかを歩き、渋谷の駅に降りる。とにかく寒い。そうだ、ちょっと酒の肴をあがなっていこう。忠犬ハチ公の真下、、東急の食料品売り場である。

いつも行く鮭専門店があるのだが、そこに氷頭(ひず)なますがあった。鮭の鼻の軟骨部分を薄く切って酢漬けにした北海道の食材だ。私の大好物。そしてその先の干物屋にハタハタの軽く干したものがあった。1週間ほど前から漁がはじまったはしりのものだという。これはうっすらと味噌を塗って焼くとたまらない。その先にすすむと寿司コーナーがあり、赤貝やトリ貝、小柱などの貝ずくしの寿司があったのでそれをあがなう。貝類は春の寒いうちが旬ですからね。これら全部で2000円くらい。

帰宅し、暖房をつけ、ビールを飲み、焼酎にきりかえ、これらを肴に飲む。あぁ、なんたる贅沢。たまには、これくらいの贅沢はいいでしょう。

幸せは、日常にある。

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